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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)115号 判決 1999年5月18日

東京都中央区京橋2丁目3番19号

原告

三菱レイヨン株式会社

代表者代表取締役

田口栄一

訴訟代理人弁理士

高橋詔男

志賀正武

松冨豊

大場充

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

今村玲英子

荻島俊治

後藤千恵子

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

特許庁が平成6年審判第17519号事件について平成9年3月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成1年1月19日、発明の名称を「成形体の製造方法」(出願当初の発明の名称「成形体及びその成形法」)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(平成1年特許願第10267号。日本においてした特許出願(特願昭63-11721号)に基づく優先権主張)をしたところ、平成6年8月31日に拒絶査定を受けたので、平成6年10月19日に拒絶査定不服の審判を請求した。これに対して、特許庁は、平成6年審判第17519号事件として審理し、平成7年2月8日に特許出願公告をすべき旨の決定をし、同年6月28日に平成7年特許出願公告第59645号として特許出願公告をしたが、訴外三菱化学株式会社ほか4名から特許異議の申立てを受け、平成9年3月31日、特許異議決定をするとともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年4月21日にその謄本を原告に送達した。

2  本願発明の特許請求の範囲請求項1

樹脂含有率が19~27wt%である一方向引揃え炭素繊維プリプレグを、樹脂流れによる樹脂含有率の低下が2wt%以下となるように積層成形して炭素繊維体積含有率が67~75vol%の炭素繊維強化硬化型樹脂の成形体とすることを特徴とする成形体の製造方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の請求項1(以下「本願発明」という。)の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  対比

本願発明と審決の甲第1号証(本訴の甲第3号証。特開昭60-28425号公報、昭和60年2月13日出願公開。以下「引用例1」という。)記載の技術とを対比すると、両者は、「低い樹脂含有率の一方向引揃え炭素繊維プリプレグを、樹脂流れによる樹脂含有率の低下が2wt%以下となるように積層成形して炭素繊維体積含有率の高い炭素繊維強化硬化型樹脂の成形体とする成形体の製造方法。」である点で一致し、炭素繊維プリプレグの樹脂含有率が、前者では、19~27wt%とされているのに対し、後者では、実施例において、30~40wt%のものが例示されている点(相違点1)、炭素繊維強化硬化型樹脂(「炭素繊維強化複合材料]、「carbon fiber reinforced plastics」ともいわれる。以下「CFRP」という。)の成形体の炭素繊維体積含有率が、前者では、67~75vol%とされているのに対し、後者では、ノンブリード成形が採用されるため、プリプレグの繊維含有率がそのままCFRPの繊維含有率となる旨記載されている点(相違点2)で相違する。

(3)  進歩性についての判断

(イ) 相違点1について

引用例1には、「樹脂流れによる樹脂含有率の低下が2wt%以下となるように積層成形」に相当するノンブリード成形を採用する場合においては、軽量のCFRPを製造するために、樹脂含有率の低い炭素繊維プリプレグを用いればよいという技術的思想が示されているということができる。また、審決の甲第2号証(本訴の甲第4号証。特開昭59-146836号公報、昭和59年8月22日出願公開。以下「引用例2」という。)には、積層成形して、釣竿等の炭素繊維体積含有率の高いCFRPの成形体を製造するために、補強用繊維への樹脂含浸量が20~35%の低レジン含量プリプレグを用いることが記載されている。以上によれば、引用例1記載の技術における炭素繊維プリプレグの樹脂含有率として、引用例2に記載されているような20~27wt%程度の低レジンの数値範囲を採用することは容易である。

(ロ) 相違点2について

引用例1記載の技術における炭素繊維プリプレグの樹脂含有率として、20~27wt%程度の低レジンの数値範囲を採用した場合には、製造されるCFRPの成形体の炭素繊維体積含有率は、本願発明と同程度、すなわち、67~75vol%の数値となる。

(ハ) 効果について

本願発明において、炭素繊維プリプレグの樹脂含有率を19~27wt%と規定したことにより格段の効果を生じるものとは認められない。

(ニ) 進歩性について

そうすると、本願発明は、その特許出願前に日本国内において頒布された引用例1及び2に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)  むすび

よって、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)の一致点のうち「樹脂流れによる樹脂含有率の低下が2wt%以下となるように積層成形して」いるとの点は争い、その余は認める。同(3)(ロ)は認め、その余は争う。同(4)は争う。

審決は、引用例1及び2記載の技術を誤認したことによって、本願発明と引用例1記載の技術との対比を誤り、また、相違点1の判断を誤り、更に、本願発明の作用効果を看過した結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、誤っており、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(対比の認定の誤り)

審決は、引用例1記載の技術が、本願発明の「樹脂流れによる樹脂含有率の低下が2wt%以下となるように積層形成して」との構成を具備する旨認定しているが、同認定は誤っている。

引用例1にいう「ノンブリート成形」は、文字表現をそのまま解すると、樹脂流れが生じないものであるかのようであるが、本願発明の特許出願当時の樹脂加工技術の水準からみると、ノンブリード成形による樹脂含有率の低下が2wt%以下となるとは考えられない。

例えば、甲第5号証(社団法人日本航空宇宙工業会昭和62年3月30日発行「航空機部材・素材産業振興に関する研究調査結果報告書No.106複合材料用高性能、易成型性成形材料の開発」5頁、11頁)によれば、ノンブリード成形とは、樹脂を流さない成形法をいうのではなく、絞り出た樹脂を吸い込むプリーダークロス等の副資材を用いない成形法であるといえる。

また、同号証に基づき、素材であるプリプレグの樹脂含有率を、甲第5号証第76頁の「表4.2-2物理的特性試験結果」に示されたMRK-101、MRK-102、輸入材及び現用材についてのプリプレグの樹脂含有率[wt%]の値から、また、戒形品である積層板の繊維含有率を同号証92頁の「表4.2-6積層板基本特性」に示されたMRK-101、MRK-102及び輸入材についての繊維含有率[vol%]の値から計算すると、MRK-101の樹脂流れは6.86wt%、MRK-102の樹脂流れは3.17wt%、輸入材の樹脂流れは0.469wt%となり、ノンブリード成形により積層体を成形しても、その素材であるプリプレグによっては樹脂流れが2wt%以上になることもある。

したがって、ノンブリード成形という用語が用いられても樹脂流れが2wt%以下であるとはいえない。

(2)  取消事由2(相違点1の判断の誤り)

(イ) 審決は、引用例1には、ノンブリード成形を採用する場合においては、軽量のCFRPを製造するために、樹脂含有率の低い炭素繊維プリプレグを用いればよいという技術が示されていると認定しているが、同認定は誤っている。

引用例1には、釣竿の分野における要請とその要請に応えるために必要とされるプリプレグに関すること、釣竿の成形にはノンブリード成形が採用されていることが断片的に記載されているだけであって、上記要請に応えるために実施されていた従来技術が記載されているわけではない。言い換えれば、審決摘示の引用例1に審決摘示の各記載事項があるとしても、これらを関連づけて完成された成形体の製造方法に関する技術的思想お記載されているわけではなく、まして、低い樹脂含有率のプリプレグをノンブリード成形により積層成形することについて、また、これにより繊維含有率の高いCFRPが得られることについて記載されているとはいえない。

(ロ) 引用例2には、同引用例に記載されているプリプレグがノンブリード法によって成形可能であるとの記載はないし、それを示唆する記載もないのであるから、引用例2に、積層成形して、釣竿等の炭素繊維体積含有率の高いCFRPの成形体を製造するために、補強用繊維への樹脂含浸量が20~35%の低レジン含量プリプレグを用いることが記載されているとする審決の認定判断は、誤っている。

(ハ) 審決は、引用例1記載の技術における炭素繊維プリプレグの樹脂含有率として、引用例2に記載されているような20~27wt%程度の低レジンの数値範囲を採用することは容易であると判断しているが、同判断は誤っている。

引用例1及び2記載の技術は、これを組み合わせる動機付けがないのであり、引用例2に示された樹脂含有率が20~35%のプリプレグのうちの20~27%のものを用いて、引用例1の従来技術として示されているノンブリード法にとより積層成形できることは、本件特許出願の優先権主張日前に予測すらできなかったことであり、まして、それによって高い曲げ強度と同時に高い弾性率を有するCFRPが製造可能であることなど容易に着想できたはずはない。

(3)  取消事由3(顕著な効果の看過)

(イ) 本願発明は、引用例1及び2の技術の組合せによる構成との差異により、弾性率が高く、しかも、曲げ強度も高い積層成形体を得ることができるという格別の作用効果を奏するものである。本願発明の課題は、曲げ強度の向上と同時に弾性率の向上を計るというものであるが、このような課題は、引用例1や2には記載されておらず、課題そのものが新規であり画期的なものである。この課題を解決するためには、本願明細書の特許請求の範囲請求項1に記載された事項が総合的に作用して初めて達成されるものであり、そのような観点からの検討を欠く審決には審理不尽の違法がある。

(ロ) 被告は、本願明細書に記載された各実施例は、本願発明の実施例ではない旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲請求項1における「樹脂含有率が19~27wt%である一方向引揃え炭素繊維プリプレグを」との記載は、積層材として用いる炭素繊維プリプレグの少なくとも一部又は全部に、樹脂含有率が19~27wt%である一方向引揃え炭素繊維プリプレグを用いることを含むものであり、このような炭素繊維プリプレグを重ね合わせ、樹脂流れによる樹脂含有率の低下が2wt%以下になるように積層成形し、その結果、炭素繊維体積含有率が67~75vol%のCFRPの成形体とする成形体の製造方法というのが本願発明である。一方、本願明細書に記載された実施例1は、樹脂重量含有率が23.0wt%である一方向引揃え炭素繊維プリプレグを用いており、このプリプレグに横補強用として市販の一方向引揃え炭素繊維プリプレグを用いて、成形時の樹脂流れが横補強用プリプレグを含めて樹脂重量含有の低下量として0.5wt%以内で積層成形しているのであり、その結果、成形体の炭素繊維体積含有率が67~75vol%のCFRPの成形体とする具体例が示されている。また、実施例2も、各数値が少し異なるだけで、ほぼ実施例1と同様の成形方法で炭素繊維体積含有率が67~75vol%のCFRPの成形体を製造する例が示されている。したがって、本願明細書に記載された各実施例は、本願発明の特許請求の範囲請求項1に記載された発明の実施例ということができる。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認め、4は争う。審決の認定判断は、いずれも相当であって、取り消されるべき理由はない。

2  被告の主張

(1)  取消事由1(対比の認定の誤り)について

引用例1にいう「ノンブリード成形」とは、樹脂を絞らない成形のことであり、この成形法によれば、樹脂流れによる樹脂含有率の低下は生じないのであるから、樹脂含有率の低下が2wt%より大きくなるというようなことはなく、樹脂含有率の低下が2wt%以下になるのは当然のことである。

原告は、甲第5号証を提出して、ノンブリード成形とは、樹脂を流さない成形法をいうのではなく、絞り出た樹脂を吸い込むプリーダークロス等の副資材を用いない成形法である旨主張するが、引用例1にいう「樹脂を絞らないノンブリード成形」とは、樹脂を絞り出さないで、樹脂の流出を実質的に皆無とするように成形するために、プリプレグとCFRPとの繊維含有率が同じになるような成形方法を指しているのであるから、甲第5号証に記載されているような樹脂が絞り出される成形法は、引用例1にいう「樹脂を絞らないノンブリード成形」には当たらない。

(2)  取消事由2について

(イ) 原告は、引用例1には、釣竿の分野における要請とその要請に応えるために必要とされるプリプレグに関すること、釣竿の成形にはノンブリード成形が採用されていることが断片的に記載されているだけであるなどと主張する。

しかしながら、引用例1には、「これらCFRPの使用で特に釣竿の分野においては従来の材料ではとてもできない程の軽量化を実現した。しかし最近ではさらに軽量化を図るため、より繊維含有率の高いCFRPが要求されるようになってきた。」(甲第3号証2頁左上欄3行ないし7行)として、釣竿の分野で軽量のCFRPが要求されていることが記載され、また、「ところで釣竿を実際に成形する場合、成形品のバラツキ、生産性の点から成形中に樹脂を絞らないノンブリード成形が採用されている。そこでプリプレグの繊維含有率がそのままCFRPの繊維含有率となるため、高い繊維含有率のCFRPを得るためには、高い繊維含有率のプリプレグが必要になってきた。」(同2頁左上欄8行ないし14行)と記載され、要するに、釣竿の成形に用いられるノンブリード成形では、プリプレグの繊維含有率がそのままCFRPの繊維含有率となるため、高い繊維含有率のCFRPを得るためには、高い繊維含有率のプリプレグが必要であるとの技術が記載されているのであるから、引用例1には、ノンブリード成形を採用する場合、軽量のCFRPを製造するために、樹脂含有率の低い炭素繊維プリプレグを用いればよいという技術的思想が示されていることが明らかである。

以上のとおり、引用例1についての審決の引用は、断片的なものではなく、従来技術から引用例1の特許請求の範囲に記載の発明に至る経緯に関する一連の記載振りからみて、引用例1には、繊維含有率の高いCFRPを得ることを目的として、低い樹脂含有率のプリプレグをノンブリード成形により積層成形するために適したエポキシ樹脂組成物を見い出したことが示されているのであり、したがって、低い樹脂含有率のプリプレグをノンブリード成形により積層成形することにより、繊維含有率の高いCFRPを得ることが記載されそいるということができるのである。

(ロ) 原告は、引用例2には、そこに記載されているプリプレグがノンブリード法によって成形可能であるとの記載はないし、それを示唆する記載もないのであるから、引用例2に、積層成形して、釣竿等の炭素繊維体積含有率の高いCFRPの成形体を製造するために、補強用繊維への樹脂含浸量が20~35%の低レジン含量プリプレグを用いることが記載されているとする審決の認定判断は、誤っている旨主張するが、審決は、引用例2に、原告が指摘するような事実が記載され、あるいは示唆されているとしているわけではないので、原告の主張は意味がない。

(ハ) 原告は、引用例1及び2記載の技術は、これを組み合わせる動機付けがない旨主張するが、審決は、プリプレグの樹脂含有率として20~27wt%という範囲が、炭素繊維体積含有率の高い成形体を得る際に用いられる範囲であって樹脂含有率として特別小さい数値範囲ではないことを示すための例として、引用例2を引用し、引用例1に記載された発明において低い樹脂含有率として20~27wt%程度の範囲を採用することに困難性がないとしているのであって、審決の論理づけに誤りはない。

(3)  取消事由3(顕著な効果の看過)について

原告は、本願発明は、引用例1及び2の技術の組合せによる構成との差異により、弾性率が高く、しかも、曲げ強度も高い積層成形体を得ることができるという格別の作用効果を奏するものである旨主張する。

確かに、本願明細書には、「本発明によって充分な層間勇断強度とVfに見合う曲げ強度、弾性率を有する炭素繊維強化熱硬化樹脂成形体を得ることができる。」(甲第2号証の4の4欄47行ないし49行)と記載され、曲げ強度及び曲げ弾性率が優れているという効果について記載されていることは認められるが、実施例についてみると、特許請求の範囲請求項1に特定された樹脂含有率の数値範囲から外れるプリプレグを横方向に貼着して製造された特殊な態様の成形体についてのものであって、本願発明の実施例とはいえないものである。そうすると、本願発明が、請求項1に特定された構成要件を備えることにより、はたして本願明細書にいうとこうの曲げ強度及び曲げ弾性率が優れているという効果を奏するかどうかは不明であるから、本願発明がその構成により格別の作用効果を奏するという原告の主張は根拠がない。

原告は、本願発明の特許請求の範囲請求項1における「樹脂含有率が19~27wt%である一方向引揃え炭素繊維プリプレグを」との記載は、積層材として用いる炭素繊維プリプレグの少なくとも一部又は全部に、樹脂含有率が19~27wt%である一方向引揃え炭素繊維プリプレグを用いることを含むものである旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲請求項1に基づく主張とはいえず、失当である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3(特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲請求項1、審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  甲第2号証の4(本願発明の特許公報。特公平7-59645号公報)によれば、本願明細書には次の記載があることが認められる。

1  産業上の利用分野

「本発明は、一方向引揃え炭素繊維プリプレグを用いた新規な成形体その製造方法に関する。」(1欄9行及び10行)

2  発明が解決しようとする問題点

「従来の技術では同程度の硬化温度グレードのマトリックス樹脂との組合せでは最近の炭素繊維自身の著しい性能向上にもかかわらず、複合材料成形体の性能向上につながらないのが現状である。とりわけ問題となるのは炭素繊維の引張強度の向上がそれぞれを強化繊維とする成形体の曲げ強度の向上あるいは圧縮強度の向上に貢献せず、マトリックス樹脂が同じであればいくら高強度の炭素繊維を用いてもある程度以上の曲げ強度の向上あるいは圧縮強度の向上が認められないと言う事である。」(3欄14行ないし23行)、「発明者等はこのような炭素繊維強化樹脂成形体の曲げ強度の向上と同時に弾性率の向上を計るため、成形体中の炭素繊維含有率を一般に適応されている水準より大巾に増加させると言う事を種々検討し本発明に至った。」(4欄9行ないし12行)、「本発明者等は既存市販の一方向揃え炭素繊維プリプレグの樹脂重量含有率が最も低いもので約30wt%までで、樹脂流れを抑えた成形では炭素繊維密度や樹脂密度にもよるが成形品のVf(注.「繊維体積含有率」のこと)はせいぜい63~64vol%にしかならず、従来技術では樹脂のブリーダークロスによる吸い出しや、加圧による絞り出しを行わない限りVfが65vol%以上の成形体を得られないと言う点に着目し、この成形時の樹脂移動が高Vf成形体中の繊維分布あるいは分散状態を不均一にし層間剪断強度や曲げ強度を著しく低下させていると言う事実を見い出した。」(同欄29行ないし38行)

3  構成

上記目的を達成し、所定の作用効果を奏するために、本願発明は、本願明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載の構成を採用したものである。

4  効果

「本発明によって充分な層間剪断強度とVfに見合う曲げ強度・弾性率を有する炭素繊維強化熱硬化樹脂成形体を得ることができる。」(4欄47行ないし49行)、「本発明による樹脂重量含有率19~27wt%のプリプレグを用いた成形では炭素繊維密度、樹脂密度にもよるが、無理なく67Vol%以上の高Vf成形体が得られ、Vf比例で高曲げ強度、高曲げ弾性率が発現出来る。」(7欄47行ないし8欄1行)

第3  審決を取り消すべき事由について判断する。

1  取消事由1について

審決は、引用例1記載の技術が、本願発明の「樹脂流れによる樹脂含有率の低下が2wt%以下となるように積層形成して」との構成を具備する旨認定し、原告がこれを争っているので、同認定の当否について検討する。

(1)  甲第3号証(引用例1)に、「ところで釣竿を実際に成形する場合、成形品のバラツキ、生産性の点から成形中に樹脂を絞らないノンブリード成形が採用されている。」との記載があることは、当事者間に争いがない。

上記「成形中に樹脂を絞らないノンブリード成形」の技術的意味について考察するに、「成形中に樹脂を絞らない」という語句は、その通常の用語例に従えば、成形中に樹脂を絞らないといったことを意味するものと認められる。

次に、「ノンブリード」という語句は、英語の「non-bleed」のことであり、「絞り取らない」、「絞り出さない」といった意味を有するものであって、本件に即して言えば、樹脂を絞り出さないようにすることを意味しているものと認められる。

また、弁論の全趣旨によれば、当業者にとって、CFRPの成形方法の一つとしてオートクレーブ成形という方法があり、このオートクレープ成形には、余剰の樹脂を絞りだす(bleed)型とそうでない型があるとされていることは、周知の事項であると認められる(被告提出の参考資料3(近代編集社昭58年7月1日発行の「炭素繊維」405頁ないし406頁)参照)。

以上によれば、引用例1にいう「成形中に樹脂を絞らないノンブリード成形」とは、CFRPの成形方法の一つとして、樹脂を絞り出さないようにして成形する方法を意味するものと認めるのが相当である。

そうすると、上記ノンブリード成形においては、樹脂を絞り出さないようにするのであるから、原則として、成形中に樹脂が流れ出ることによって樹脂含有率の低下が生じないことになるのであって、結局、引用例1にいう「ノンブリード成形」では、樹脂含有率の低下が0%となる場合も包含するものと認められる。

(2)  この点について、原告は、本願発明の特許出願当時の樹脂加工技術の水準からみると、ノンブリード成形による樹脂含有率の低下が2wt%以下となるとは考えられない旨主張するが、本件全証拠によっても、ノンブリード成形によって、樹脂流れが2wt%以下となることがありえないことを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、甲第5号証によれば、ノンブリード成形とは、樹脂を流さない成形法をいうのではなく、絞り出た樹脂を吸い込むプリーダークロス等の副資材を用いない成形法である旨主張するが、前記(1)認定の事実に照らし、原告の上記主張は、採用することができない。

更に、原告は、甲第5号証に基づき、素材であるプリプレグの樹脂含有率を、甲第5号証第76頁の「表4.2-2物理的特性試験結果」に示されたMRK-101、MRK-102、輸入材及び現用材についてのプリプレグの樹脂含有率[wt%]の値から、また、成形品である積層板の繊維含有率を同号証92頁の「表4.2-6積層板基本特性」に示されたMRK-101、MRK-102及び輸入材についての繊維含有率[vol%]の値から計算すると、MRK-101の樹脂流れは6.86wt%、MRK-102の樹脂流れは3.17wt%、輸入材の樹脂流れは0.469wt%となり、ノンブリード成形により積層体を成形しても、その素材であるプリプレグによっては樹脂流れが2wt%以上になることもある旨主張するが、仮に原告主張のとおり、ノンブリード成形により積層体を形成した場合に、その素材であるプリプレグによっては樹脂流れが2wt%以上になることがあったとしても、このことから、ノンブリード成形で樹脂流れが2wt%以下、例えば0wt%の場合もあることを排除しているわけではないから、ノンブリード成形によって樹脂流れが2wt%以下となることを否定することはできない。

(3)  そうすると、引用例1記載の技術が、本願発明の「樹脂流れによる樹脂含有率の低下が2wt%以下となるように積層形成して」との構成を具備するとした審決の認定は相当である。

2  取消事由2(相違点1の判断の誤り)について

(1)  本願発明と引用例1記載の技術とを対比すると、炭素繊維プリプレグの樹脂含有率が、前者では、19~27wt%とされているのに対し、後者では、実施例において、30~40wt%のものが例示されていること(相違点1)は、当事者間に争いがない。

(2)  そこで、まず、引用例1記載の技術に示されている炭素繊維プリプレグの樹脂含有率30~40wt%であることの技術的意味について検討する。

(イ) 甲第3号証(引用例1)に、「少なくとも下記(A)、(B)および(C)を含有してなる炭素繊維プリプレグ用樹脂組成物(A)エポキシ樹脂(B)・・・アルキルフェノール樹脂・・・(C)ジシアンジアミドおよび硬化促進剤」(特許請求の範囲)、「本発明はシエルフライフが長く、低温短時間で硬化する繊維強化プラスチック(以下FRPと略す)、特に炭素繊維強化複合材料(以下CFRPと略す)のマトリックス樹脂として有用なエポキシ樹脂組成物に関する。」(1頁右下欄2行ないし6行)、「これらCFRPの使用で特に釣竿の分野においては従来の材料ではとてもできない程の軽量化を実現した。しかし最近ではさらに軽量化を図るため、より繊維含有率の高いCFRPが要求されるようになってきた。ところで釣竿を実際に成形する場合、成形品のバラツキ、生産性の点から成形中に樹脂を絞らないノンブリード成形が採用されている。そこでプリプレグの繊維含有率がそのままCFRPの繊紺含有率となるため、高い繊維含有率のCFRPを得るためには、高い繊維含有率のプリプレグか必要になってきた。」(2頁左上欄3ないし14行)、「実施例1・・・プリプレグ用エポキシ樹脂組成物を得た。次に・・・炭素繊維・・・を一方向に引揃えた後、前記樹脂組成物を加熱溶融してWR(樹脂の重量含有率)を30~40%まで、5%ごとに変化させて含浸させた3種類の一方向プリプレグを得た。」(3頁右下欄2ないし16行)との記載があることは、当事者間に争いがない。

また、同号証によれば、引用例1には、「近年CFRPは、その高い比強度比弾性率を生かしてゴルフクラブシャフトや釣竿等に広く使用されるようになった。」(1頁右下欄13行ないし15行)、「本発明の目的とするところは、・・・高粘度でも十分な接着性を有し、樹脂含有率が低くても高品位のプリプレグが得られるエポキシ樹脂組成物を提供する」(2頁右上欄8ないし15行)との記載もあることが認められる。

(ロ) 上記事実によれば、引用例1には、CFRPは、その高い比強度、比弾性率を生かしてゴルフクラブシャフトや釣竿等に広く使用されていること、さらに、軽量化を図るために繊維含有率の高いCFRPが要求されるようになってきたこと、釣竿を実際に成形する場合、成形品のバラツキ、生産性の点から成形中に樹脂を絞らないノンブリード成形の方法が採用されていること、同方法ではプリプレグの繊維含有率がそのままCFRPの繊維含有率となるため、高い繊維含有率のCFRPを得るためには、高い繊維含有率のプリプレグか必要になっていたこと、上記目的を達成するために、高粘度でも十分な接着性を有し、樹脂含有率が低くても高品位のプリプレグが得られるエポキシ樹脂組成物(引用例1の特許請求の範囲記載の発明)が提案されたこと、この発明に係る実施例において、樹脂含有率が30~40%の炭素繊維プリプレグを得たことが示されていることが認められる。

(ハ) そうすると、引用例1には、軽量のCFRPを製造するために樹脂含有率の低い炭素繊維プリプレグを樹脂を絞り出さないノンブリード成形で行うという技術が開示され、上記技術を具体的に確認したものとして、樹脂含有率が30~40%の炭素繊維プリプレグを得たことが開示されているものと認められる。

(3)  次に、引用例2について検討する。

(イ) 甲第4号証(引用例2)に、「マトリックス樹脂を含浸した補強用繊維プリプレグの片面に離型紙を、他面に他の離型性シートを貼着した表面粘着特性の改良されたプリプレグ。」(特許請求の範囲第1項)、「従来より、・・・炭素繊維・・・などを補強材として、マトリックスとしてエポキシ樹脂・・・の如き熱硬化性樹脂を含浸したプリプレグが・・・ゴルフシャフト、釣竿、ラケットフレームなどのスポーツ・レジャー用素材として有望視され、その利用が積極的に展開されてきている。」(1頁右下欄4ないし13行)、「複合材中の補強用繊維の特性を十分に発揮せしめる為にプリプレグ中に含まれる繊維含有量の増大、すなわち低レジン含有プリプレグの開発が強く求められている。」(1頁右下欄17行ないし2頁左上欄1行)、「本発明を実施するに際して用いられるマトリックス樹脂は前述した熱硬化性樹脂類を用いることが出来、補強用繊維への樹脂含浸量はプリプレグ重量あたり10~90%、特に20~35%の低レジン含量プリプレグとしたときに本発明の効果を顕著に発現せしめることが出来る。」(2頁左下欄9ないし14行)との記載があることは、当事者間に争いがない。

(ロ) 上記記載によれば、引用例2には、複合材中の補強用繊維(炭素繊維を含む)の特性を十分に発揮せしめるためにプリプレグ中に含まれる繊維含有量の増大、すなわち、低レジン含有プリプレグの開発が強く求められていること、これを解決するものとして、20~35%の低レジン含量プリプレグが確認されていることが示されているものと認められる。

(4)  以上によれば、一方で、前記(2)に認定したとおり、引用例1に係る、軽量のCFRPを製造するために樹脂含有率の低い炭素繊維プリプレグを樹脂を絞らないノンブリード成形で行うという技術が開示されており、他方で、引用例2に係る、20~35%の低レジン含量のプリプレグが開示されているのであるから、当業者が、引用例2記載の技術におけるプリプレグの樹脂含有率を参考にして、引用例1記載の技術について、プリプレグの樹脂含有率として19~27wt%という範囲のものを採用することは、容易に想到し得るものというべきである。

(5)  原告は、引用例1には、釣竿の分野における要請とその要請に応えるために必要とされるプリプレグに関すること、釣竿の成形にはノンブリード成形が採用されていることが断片的に記載されているだけであって、上記要請に応えるために実施されていた従来技術が記載されているわけではないなどと主張するが、前記(2)(イ)認定のとおり、引用例1の記載内容を検討すれば、従来技術とその課題、その課題の解決手段等が論理的順序を追って記載されているのであって、断片的に記載されているだけのものでないから、原告の上記主張は、採用することができない。

また、原告は、引用例1及び2記載の技術は、これを組み合わせる動機付けがないのであり、引用例2に示された樹脂含有率が20~35%のプリプレグのうちの20~27%のものを用いて、引用例1の従来技術として示されているノンブリード法により積層成形できることは、本件特許出願の優先権主張日前に予測すらできなかったことであるなどと主張するが、引用例1及び2記載の技術は、共通の技術分野に属する事項であるから、前記(4)の認定判断のとおり、当業者が、引用例2記載の技術におけるプリプレグの樹脂含有率を参考にして、引用例1記載の技術について、プリプレグの樹脂含有率として19~27wtという範囲のものを採用することは、容易に想到し得るものというべきであって、引用1及び2記載の技術を併せ考慮する動機付けがあることは明らかであるから、原告の上記主張は、採用することができない。

(6)  そうすると、引用例1記載の技術における炭素繊維プリプレグの樹脂含有率として、引用例2に記載されているような20~27wt%程度の低レジンの数値範囲を採用することは容易であるとした審決の認定判断は、相当である。

3  取消事由3(顕著な効果の看過)について

(1)  本願明細書によれば、本願発明は、前記第2の4に認定したとおり、十分な層間剪断強度とVf(繊維体積含有率)に見合う曲げ強度、弾性率を有するCFRP成形体を得ることができ、すなわち、炭素繊維密度、樹脂密度にもよるが、無理なく67Vol%以上の高Vf成形体が得られ、Vf比例で高曲げ強度、高曲げ弾性率が発現できるという効果を奏する旨の記載があることが認められる。

そこで、上記効果を裏付けるべき実施例について検討するに、甲第2号証の4によれば、本願発明の実施例として、樹脂重量含有率23.0wt%の炭素繊維プリプレグに、横補強用として市販の極薄の一方向引揃え炭素繊維プリプレグ(樹脂重量含有率37.3wt%)を直交に貼着したもの(実施例1)、樹脂重量含有率25wt%の炭素繊維プリプレグに、横補強用として市販の極薄の一方向引揃え炭素繊維プリプレグ(樹脂重量含有率37.3wt%)を直交に貼着したもの(実施例2)を用いて製造されたCFRPの成形体の奏する効果について確認している記載があるところ、これらは、いずれも、横補強用として一方向引揃え炭素繊維プリプレグに加えて、樹脂含有率が本願発明の特許請求の範囲の19~27wt%から外れている炭素繊維プリプレグを繊維が直交するように貼着するという特殊な態様のものであって、このような特殊な態様の成形体について測定した曲げ強度、曲げ弾性率をもって、直ちに、本願発明の奏する効果を表しているとみることは困難である。

この点について、原告は、本願発明の特許請求の範囲における「樹脂含有率が19~27wt%である一方向引揃え炭素繊維プリプレグを」との記載は、積層材として用いる炭素繊維プリプレグの少なくとも一部又は全部に、樹脂含有率が19~27wt%である一方向引揃え炭幸繊維プリプレグを用いることを含むものであるなどと主張するが、本願発明の特許請求の範囲請求項1の記載から、上記のような解釈を導き出すことは困難であり、また、発明の詳細な説明を精査しても、到底、上記原告の主張を裏付けるに足りる記載はない。したがって、原告の上記主張は理由がない。

(2)  また、実施例以外で、本願発明が顕著な効果を奏すると認められるかどうかについて検討する。

甲第6号証(株式会社シーエムシー1984年(昭和59年)6月4日発行の「炭素繊維の応用技術」)には、「プリプレグとは、補強材と母材樹脂を一体化させ、品質の向上と作業能率を目的とした二次加工製品であり、とくに、高精度および高物性(強さ、弾性率)を要求されるFRPの製造に用いられる成形用の中間基材である。CFRPに代表されるACM(Advanced Composite Material先進複合材料)では、過半数がプリプレグを経由して成形されている。CFに母材樹脂を含浸し、加熱して半硬化(B-ステージ)状態でシート状にし、離型紙に貼り巻き取ったもので、成形時には、離型紙を除き・・・あらためて加熱賦形され完全に硬化される。](76頁3行ないし10行)、「乾式の成形材料であり、積層が容易であり、成形品の部分的な補強が可能である。また、成形品の厚さの異なるものには、積層枚数を変えて成形できる。」(同頁14行及び15行)との記載があり、この記載内容に前記2(2)(イ)及び(3)(イ)認定の事実を併せ考えると、CFRPは、ゴルフクラブシャフト、釣竿等に使用され、元来が高強度、高弾性等の高い力学的物性を有する素材であること、その主な成形の方法として炭素繊維プリプレグが利用されており、この炭素繊維プリプレグを積層成形することによって所望の製品を製造し得ることは、本願発明の特許出願の優先権主張日当時、周知の事実となっていたことが認められる。

前記認定のとおり、本願発明は、炭素繊維プリプレグの樹脂含有率を19~27wt%としている点、CFRPの成形体の炭素繊維体積含有率を67~75vol%としている点で、引用例1記載の技術と相違しているものであるが、本件全証拠によっても、炭素繊維プリプレグについて上記のような数値を採用したことによって、上記周知の事実であるCFRPの物性に増して高い力学的物性を有するに至るといった格別の効果を奏することを認めるに足りない。

4  そうすると、本願発明は、その出願の優先権主張日前に日本国内において頒布された引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした審決の認定判断は、相当である。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年4月27日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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